慰霊の日に沖縄に行く− Ⅰ (2025年6月23日~)  沖縄県立博物館・美術館 

慰霊の日に沖縄に行く− Ⅰ (2025年6月23日~) 沖縄県立博物館・美術館 

慰霊の日に沖縄に行く− Ⅰ (2025年6月23日~)

6月、沖縄県立博物館・美術館に行く。城(グスク)を模した建物の左が博物館、右が美術館になっているが、博物館の入り口には沖縄戦争の写真の展示があり、それに引き寄せられるように博物館のほうにまず入った。

沖縄戦の展示が生々しい。ここは米軍が上陸し攻めてきて、日本軍が沖縄の人びとを巻き込んで戦った場所なのだ。

そして博物館のなかは琉球王国から現代まで人びとの生活や暮らしぶりが様々なかたちで展示されていて、外国から来た観光客を含め多くの人びとが興味をもってそれを見て楽しんでいた。たとえば写真とともに当時の音も録音してあり、魚を売りにくる女のひとが「イユグワァーコーンチョーラニー」(お魚を買わんかね)という呼びかけがかなり印象的に耳に入ってくるのだ。そうした民族資料の展示は当時使っていた道具や風習、写真などで構成されていて、ついこの間までここであった生の営みが生々しく感じられるようになっている。時間が経つのを忘れるほど見入ってしまった。

あまりの没入で時間が足りなくなってしまい、美術館のほうは入れなかったので翌日真っ先に美術館に入った。

衝撃の体験だった。

美術館には観客がいない。その日も博物館にはひとがひっきりなしに訪れていたがここには人がいない。絵や彫刻が並んであるけどそれを見る人がいない。

やはり生き死にのことに比べたら美術やら絵なんてのは吹っ飛んでしまうものなのか。

こうした感じ方は私自身が「絵の歴史は終わった」と思っているからかもしれないが、今の自分にはおおかたの絵がおもしろくは感じられなかった。それは現在の絵のおかれた位置を見せつけられるようでそのこと自体がとてもショックだった。

ぶらぶらとうつろなまなざしで見ていたが、ひとつ眼に留まったものがあり、それは藤田嗣治が沖縄の生活者を描いた絵だった。

藤田は沖縄に来たことがあったのだろうか?そうだとしたらいつ頃のことだろう?いろいろな疑問が出てきたがその絵が藤田の作品としてまだ見たこともないいい絵だったことは確かだ。「アッツ島玉砕」や「サイパン島同胞臣節を全うす」「ブキテマの夜戦」を描いた藤田が、市井の生活者を描いた作品がここにあることにある種の深い感動を覚えた。それは前者が戦争画で後者が日常画だからというわけではない。時こそちがえ、一人の画家が同じようにキャンバスに向かって絵をつくったことに感動したのだ。

もうひとつ戦争でいえば、沖縄の漫画家、新里堅進の「沖縄決戦」もすごい。

最初にも書いたが沖縄は外国軍隊が上陸して激戦を繰り広げた日本で唯一の地だ。そこでおこった激戦のありさまを新里は生き生きしたタッチ、素早く引かれた線で描き、見る者がまるでその現場に放り込まれたような感覚に陥る漫画を描いた。新里の特徴は、沖縄の人びとが戦争をどう生きたか、日本軍がどういうものだったか、それを米軍の視点も交えながら描いていることだ。そして絵がいい。そこには現地で身近な体験を見聞きしたひとでなければわからないリアリティがあり、そうしたところから突き動かされて一気に描いているイメージの豊かさがある。若い頃に夢中になった白土三平は当時の全共闘のたたかいとだぶって心に残っているが、この新里堅進のマンガは現代の沖縄のたたかいであり、ロシアのウクライナ侵攻でリアルになった戦争が、この沖縄という日本の国でもっとも悲惨なかたちであったことを訴え、見るものの胸をつく。

どうしてこれが沖縄の美術館にないのか?

これこそ沖縄という土地にふさわしい絵なのになぜここにないのか?

疑問符で頭がいっぱいになった美術館、博物館体験であった。・・・続く