形という父権性 The shapes in the painting appear patriarchal

ART

Memory - Four people laughing 上塗りされた元の絵「記憶ー四人が笑っていた」 形は父権的なものになりがちだ。必要以上に写実に描く絵などはその最もいい例で、美術史の写実の始まりの頃とは違ったものになっている。クールベの写実は、特権階級の「理想化された形」を壊し、泥にまみれた「物質としての現実」を提示するための革命の手段であった。 それに対して、日本的な(行き過ぎた)写実が「父権的」に見えてしまうのは、それが対象を理解することではなく、「対象を細部ま…

The physical labor involved in creating two-dimensional objects

ART

「沖縄・1944年・対馬丸」2 <OKINAWA 1944 TSUSHIMAMARU>Ⅱ 二次元物体の絵をつくることは肉体労働である。それは肉体が物質と格闘する作業であって、頭脳労働ではない。もっと全体的なことだ。その根底には人間(生物)と物質(無生物)の出会いがあり、物質をどうするのか?という問いを抱えている。媒介(medium)となるのは絵の具という物質であり、これを通して物質が単なる物質ではないものになることを目指す。 肉体が動いて物質が変…

Regressive evolution of the eye  <目の退行進化>

これは<目の退化>という進化のプロセスなのか? 人間は動くものしか見なくなったようだ。動くものしか見えなくなったのかもしれない。猫のように・・。 新型コロナ以来の動画感染症がSNSを通じて静かにそっと進行しつつある。この場合の動画は電気信号で動いている静止写真も含むが、もっと強い感染力を持ったものとしてeスポーツやゲーム、プロジェクションマッピングなどが挙げられよう。 目は捕食のために発達してきたのだから,猫のように動く生き物を見て素早く反応するのは本能的なものとも言えるが…

AIは絵の夢を見るか・G会話 Ⅴ

Part 1 N : 次はある作品についての思いを話したいと思います。今回は下絵段階のドローイングから提示します。 そもそも人間はなぜ絵を描くのでしょうか?いつも自分のやったことが絵として成立するのかどうか、不安と期待が入り混じる中で暗中模索しているのですが、この作品もそういう中でまずドローイングから始めました。 第二次世界大戦の末期の1944年、沖縄本島全体が戦場となる前に子供達を九州へと疎開させる学童疎開が軍、政府によって決定され、8月21日に子供たちを乗せた対島丸が沖…

AIは絵の夢を見るか・G会話 Ⅲ

NとAIとの会話(N=NAGASAWA, G=AI) N: えのぐというのはコントロールがきかないところがあります。えのぐにはえのぐの生き方があるのです。私はGが何をどう見ているのかにすごく関心があるので、次の絵に対する質問に移ります。提示したこの絵を見て、例えば薄いオレンジ色の線だけを抽出してその形を見ることはできますか?同じようにもっと濃い濁った赤い色の線の形などは抽出して見ることはできますか? G : 「えのぐにはえのぐの生き方がある」という言葉に、深く共鳴いたします…

Does AI dream of paintings? Ⅱ

Dialogue between N and AI (N=NAGASAWA, AI=G) N: Now, another question from the <How to make a constellation> series. Can you tell what's depicted in G? G: Well, regarding this new work, similar to the earlier “Gabriel,” …

Does AI dream of paintings? Ⅰ

Dialogue between N and AI (N=NAGASAWA, AI=G) N: What is this? G: The uploaded image is an abstract painting. Colors centered around warm tones like red, brown, pink, and black are layered on a square canvas. Two distinct techniques are pri…

More on Past Works

<Pomeranian, 1969> oil on canvas, 194x194cm, 2016 …(Omission)… The broad encounter with quantum theory—the idea that humans are also particulate beings—is profound in its own right, though it bears no direct relation to our lives…