
私が生まれるちょっと前の1945年6月23日、日本軍の牛島司令官、長参謀長が摩文仁の洞窟で自決し、日本軍の組織的な戦闘は終わった。住民を戦闘にまきこんでおいてさっさと自決してしまうのは、いかにも旧日本軍らしい潔さとも見えるが、無責任きわまりない行為でもある。ともかく4月の米軍の上陸から続いた悲惨な地上戦が終わったということで、沖縄県ではこの日を「慰霊の日」としている。
今年も6月、沖縄の地を踏む。数年前ひめゆり平和祈念資料館を訪れたのをはじまりに旧海軍司令部壕、摩文仁の沖縄県平和祈念資料館、離島などの集団自決の壕などを訪ね歩いてきたが、それは沖縄戦というこの日本で実際にあった戦争に強い関心を持ち、そもそも人間はなぜ戦争をするのかという疑問が頭から離れないからだ。ロシアのウクライナ侵攻が続き、アメリカ、イスラエルのイラン攻撃という最近の戦争があったからかもしれない。前者の侵攻でウクライナに同情する人は多いが、日本がかつて韓国、中国に侵攻して戦争をしたことを同時に思い起こさないのはなぜなのか?という疑問もある。日本もかつてとんでもない侵略戦争をした、というリアルを他国の戦争が思い起こさせ、突きつける。そのもっとも近くて生々しく感じられる戦争が沖縄戦である。日本で他国の軍とじかに戦火を交えた場所はここしかない。
私は自分の絵画を地層絵画と呼んでいるが、過去の時間の層をいまの時間に重ねた絵を描きたいと思っている。また、絵画をつくる行為の対極にあるのが戦争だとも思っている。もちろん絵をつくることが平和のあかしというつもりはないが、戦争への道に対してたたかわないと絵はつくれないことも事実だ。
今回の沖縄はおもろまちからはじまる。駅から続く緑豊かな遊歩道があり、そこはホテル、ショッピングセンター、沖縄県立博物館、美術館へと至る静かで活気ある場所だ。前回来たときは気づかなかったが、この土地が沖縄戦の激戦地の一部でありことを知った。駅から給水塔の壁が見えるが、ここがいわゆるシュガーローフ(砂糖のかたまりー転じて軍事俗語ですり鉢山)の頂きにあたり、この丘をめぐって日本軍と米軍の間で、激しい肉弾戦があった。
沖縄では、いつも静かで平穏な街の地にこのような戦争の層が積み重なっていることに出会う。

前回書いた新里堅進さんの漫画作品に「シュガーローフの戦い」があり、現物を沖縄県立図書館で見ることができるのを確認してモノレールで旭橋駅に向かった。そうして約三時間半、昼食を挟みながら「シュガーローフの戦い」全三巻を読み終えた。凄い漫画だった。思ったよりも日米両軍の作戦や指揮のことが詳しく書かれていて読むのに時間がかかるが、それを迫真の漫画力で見るものをかつての戦争の現場へと引き込んでいく。最初に登場人物紹介があり、前述の牛島司令官、長参謀長、八原高級参謀などが出てくるが、その作戦への考えの食い違いも描かれている。また米軍の指揮官やそれぞれの考えの違いも描かれていて、新里さんが戦争を両方の立場から見ていたことがよくわかる。この戦いで米軍に精神異常をきたす兵士が続出したが、それは日本軍が目に見えない陣地(反射面陣地)から手榴弾や銃撃を浴びせ、突然の攻撃によって米兵たちに強い恐怖を植え付けたからだと言われる。隣にいた戦友が突然血と肉片になって飛び散り、激しい雨による泥沼と混じりあった壕のなかで、なおも目の前の敵を殺し続けなければならない狂気が「泣き叫ぶ」「震えが止まらない」「失禁する」「目がうつろになる」などの症状として噴出した。もちろん日本軍にもそうした精神の異常をきたす兵士はいたが、公式記録には残っていない。米軍の精神異常が目立つのは彼らが兵士の精神崩壊をカウントし、救い出そうとしたからであり、逆に日本軍は兵士を人間として扱わず、精神の崩壊も認めずに消耗品、忠誠の記号として扱い死ぬまで戦わせ、そうした事実も隠蔽した。
漫画はそうした攻撃の応酬を早い筆致で描いているが、私が目を奪われるのは兵士が死ぬ瞬間の描写である。

頭を撃たれて死ぬ、脳みそや頭蓋骨が砕け吹っ飛ぶ、目が飛び出す、新里堅進はこれらの描写を体験者の文や話から想像して描いていったのだろうか?四肢が吹き飛び、血が飛び、たまる、不意に弾が飛んできて死ぬ、日本兵、米兵問わず突然死がやってくる。そのさまを新里は素早い筆致で漫画として描いていくのだ。人間は戦争でこうやって死んでいくのか、と思わせる描く力がすごい。
写真だったらどうなるのかと思う。死の瞬間を撮った写真はあまりないだろうが、仮にこういうシーンを見せつけられたら気持ちも苦しくなるし、映画で撮ったとしても見るのはつらい。ところが漫画だと、それは描いたものということもあり別のリアルを獲得する。それは想像力のリアルさみたいなものだろうか。体験者のリアルとは違うかもしれないが、体験していない新里さんが想像し、同じように体験していない読者が想像する戦争のリアルで、だからこそ見る側も漫画に共感して読むことができる。
三時間半はあっという間に過ぎた。おもろまち周辺でこのようなことがあったという実感がずしりと感じられた。それは漫画という紙媒体によるところも多い。以前、やはり絶版となった新里堅進さんの漫画「水筒」を国会図書館で読むことがあったが、これはデジタル書籍になっていて、読むのに疲れた。やはり漫画は紙の漫画本になっているのがよく、デジタル版はボディーがないからいまひとつ漫画体験に繋がらない。
新里堅進の「水筒」も「沖縄決戦」もここでとりあげた「シュガーローフの戦い」もいまは絶版になっていて、これらの本をメルカリで探してもとんでもない価格で取引されていて手が出ない。それなら現地に行って、その場も見て漫画の本も現物を見たほうがいいと思って今回の沖縄行きが決まった。
そして今回も沖縄県立博物館・美術館(おきみゅー)に行った。やはり博物館は入場者も多く、美術館は少ない。
これは入場者よりも美術館側の問題だが「絵画だから美術館にある」「美術館は絵画や彫刻のあるところ」という思いこみは捨てたほうがいい。こうした既成概念は絵画にとっても美術館にとっても何ら得るものはない。もういちどARTの原点にもどり、展示の企画を沖縄独自のものとしてつくり直すことはできないのだろうか。そのとき新里堅進さんの漫画も企画展示の一番の対象としてあがってくるのはないか。いやぜひとも新里堅進展を実現して欲しい。アルタミラでもラスコーでも、人間はそこであった生々しい生死のできごとを思い描くことで、自分たちがここに生きていることを確認してきた。新里堅進の漫画もその延長上の現代にある。
