長沢秀之に聞く 対話「私が生まれたとき」プロジェクトとは何だったのか  服部正  / 民俗藝術学会誌 arts/ vol.38 

対話「私が生まれたとき」神戸−25年あと(未来)の記憶 展のことが民俗藝術学会誌の<報告>に取り上げられています。インタヴュー形式の文章と画像で構成、筆者は甲南大学教授服部正さん(美術史、芸術学) arts38-end_3-1-report_Hattori-2ダウンロード

対話「私が生まれたとき」神戸 -25年あと(未来)の記憶-         カタログテキストー市川政憲

市川政憲テキストダウンロード ・・・そこから彼に触れてくる死者の眼差しへの応答として彼の素描はある。・・・素描において長沢は、一人のデクノボウ、非人称の身体として、機械のように、身体なき死者の身になって応答する。        展覧会サイト⇩ https://taiwa-kobe.official.jp/

「未来の幽霊」展 [2017] カタログテキストー山本和弘

展覧会情報

長沢秀之の新しい絵画についての一考察 山本和弘 距離という距離をあわただしく除去したところで、近さはけっして生じない。                     —マルティン・ハイデガー『一九四九年ブレーメン連続講演』[i] はじめに  パリのマルモッタン美術館にあるクロード・モネの絵画《印象、日の出》の正面やや離れた位置にひとつのベンチが置いてある。近づいて画家の筆遣いや絵具の肌理などを熟視した後にこのベンチに腰を下ろすと、画面がさざ波のように揺れ出す瞬間に私たちは立ち会う…

展覧会再開と最終日中止

展覧会情報

対話「私が生まれたとき」神戸 25+1年あと(未来)の記憶 展が最終日に中止となった。国の緊急事態宣言の発出により、神戸市管轄のKIITOが休館を決定、ギャラリーCでの展示も中止となった。この展覧会はもともと昨年の5月に予定していたものだったが、やはり緊急事態宣言によって中止となり、その後「文化芸術活動の継続支援事業」の補助を得て今年の2月に再開予定するも感染拡大で再延期、ようやく5月に再開が決まったいきさつがある。コロナに始まってコロナに終わった展覧会であったが、こうした…

「25+1年あと(未来)の記憶」展 初日トーク フライヤー&テキスト

展覧会情報

*この展覧会は緊急事態宣言を受けての神戸市の決定により、最終日25日は閉館になりました。◯展覧会初日17日のトーク: 長沢秀之 × 服部正(甲南大学教授)・・・以下のサイトから⇒https://drive.google.com/file/d/1INbPqtztzBggLvhXBv5RlC_A9AuJkMUv/view?usp=sharing◯展覧会掲載記事: 18日神戸新聞⇒https://www.kobe-np.co.jp/news/kobe/202104/0014250…

ー25年あと(未来)の記憶ー 展覧会報告

お知らせ

最新情報;下記『』にお知らせした展覧会は文化庁の「文化芸術活動の継続支援事業」の補助を得て、2021年早期の再開をめざして準備中です。 『2020年の神戸 KIITO  ギャラリーCで開催予定の展覧会はコロナ禍による資金不足で中止となりました。』 以下はギャラリー掲示板へ掲示予定の<丸木美術館の展覧会に寄せられた感想>です。 展示に寄せられた感想 2020: ◯ 丸木作品が生々しい「刻印」なのに対し、貴作品からは前回以上に「記憶の揺らぎ」が狂おしい迄に伝わってきたのです。こ…

25年あと(未来)の記憶ー対話「私が生まれたとき」神戸

お知らせ

上記タイトルのドローイング冊子ができあがる-- 展覧会は原爆の図 丸木美術館で11月23日から来年の2月16日まで 50数点のドローイングとそれをもとにしたプリント群、ペインティング10点などの展示 詳しくは展示情報を

Memories 0f the future, 25 years back 展覧会フライヤー&カタログ

展覧会情報

 はじめに 2020年は1995年の阪神淡路大震災から数えてちょうど25年にあたる。凄まじい早さで過ぎていった時間と積もった時(とき)を思いながら、対話「私が生まれたとき」神戸—25年あと(未来)の記憶—を始めた。 前回(奄美)と同様、これはそこに住んでいるひとに「私が生まれたとき」で始まる文章と、関連の写真を提供してもらい、私がその写真をドローイングにして展示するという企画である。 過去の歴史を呼びおこす、という大まかな意図はあるものの、文章や写真に関しては特段限定しない…