イスラエルのドローンによるハマス指導者シンワル師殺害直前の画像の図
「シンワル師はその瞬間、ドローンに向かって棒のようなものを投げた」と
報道は伝えているが、棒状のものは銃のように見えなくもない。棒状のものを投げたのはギブアップのサインなのか?それとも死を免れる方法なのか?これはなぞとして残るが、画像はここで終わり、死の瞬間は公開されてない
殺害はだれが行ったのか?イスラエル軍のドローンがやったのはたしかで、その背後には戦争を主導するネタニヤフがいる。その命を受けてドローンを操縦する兵士がやったという。それはそうなのだが、はたしてそう言えきるのか。
戦争のあり方が全く違ってきた。指導者を殺害するのは一兵士ではなく一個のドローンという物体だ。そのドローンが撮った映像を世界中の人たちが見る。軍が撮ったその映像はBBCによって報道され、YouTubeでも見られるようになり、さらに多くの人に拡散されていく。それは現実の死が、ある空間から瞬く間に世界に飛び、ネット空間という新たな次元の空間に定着する瞬間だ。仮想空間どころではない現実の別次元空間がそこに生まれている。
殺害の当事者はここにいない。殺害の責任者は薄められ、新たに出現した空間のなかに消えていく。ドローン映像は、それを見る人に殺害の一翼を担わせて共犯者に引きずり込もうとする。世界中のこの映像を見た何万という人が戦争の殺害の現場に立たされ、当事者の責任はその分相殺される。
これは日常の見えないネット空間でも起こっていることだ。この空間は人対人の現実に起こる衝突とそれにともなう責任を薄め、消していくことで、より過激で中傷、誹謗に満ちたことばを大量につくり出したりもする。それを策謀して主導するものがいたとしても、それはその空間に隠れてしまって見えなくなる。かわりにいるのはその言葉を受け取り、その画像を見、それぞれ自発的に動いてしまう多くの人びとである。
この空間を支えているのは陰謀やフェイクそのものなどではなく、実は普通の人びとであり、動かされていながら動かしているのも同じ人びとなのだ。