ひとウサギ…死者のこたつ…

 そこに入ることを拒まれた…死者になりきれない…

そうか、自分らは幽霊なのか…死者のこえを聞き、生者のつぶやきを聞く…

 

 

「わたしはここにいてもうすでにここにはいない」

「あなたの目に映ったものをわたしは見ることができる。遠い過去のことや未来のこと、わたしはそこにいないけどわたしはそこにいる」

「そのときの感情の波が押し寄せるとき、いつもそこに幽霊がいる」

「コロナウイルスでいきなり死んでしまった三つ年上の友人のKさん、家族に看取られることもなく苦しんで死んでしまったKさん、わたしはそこにいたんだ。看護師さんが窓を開けて外の空気を入れてくれたとき、うすいカーテンがそよいだだろう。わたしはそこにいたんだよ。あのとき、きみは呼応するようにあぁとうめき声を立てたね。わかったんだね。こっちもわかったよ」

「夜になるとみんなが集まってくる。親戚のNさん、彼女は交通事故で死んでしまったらしい。いつも足を持っている。小学生のSくん、彼は川で遊んでいるときに溺れて死んでしまった。もう昔のこと。深い水の中に横たわるSくんのからだを大人たちが引き上げて人工呼吸をしたけど結局生き返らなかった。あのときのからだは冷たく重かったね。それから知らない人、あなたも何かで死んだんだね。顔がないけど笑っている。だからこちらも笑う」

「わたしのなかの、まだ子どもだったわたしの目に映る石の下のコオロギ、羽をふるわせて鳴いていたのをやめたとき、わたしはそこで死んだ」

 

 

 

 

 

 

「Tさんひさしぶり!相変わらずうかない顔をしているね。きみが自死してからもう16年も経った。あのとききみはもっとなにか話したかったのだね。もっと話したかったのにすべてが切れてしまったと思ったんだね。それだけ彼女があっちのほうからきみを引っ張った。ぼくらはその綱引きに負けてしまった」

「あなたはまだ幼かった。それから14年後、広島の原爆で死ぬことになるとはだれも思わなかった。あなたは川のほとりで焼けただれて見つかった。その苦しみはだれにも想像できないけれど、あなたはここにいる。幼いままでここにいる。まるで14年後から逆回転で生きてきたみたいに」

「水に流されたMさん、思いもよらぬ早さで水のかたまりが押し寄せてきて一挙にからだをさらわれた。何かに掴まろうと手当り次第に周りを探ったが、何しろ水は石のように重かった。Mさんはそのとき、ものになってしまった。でも写真の中であなたは笑っている。わたしはその笑いによっておこるかすかな呼吸音をきく」

「2001年にフィエーゾレの墓地で会ったひと。その女性も明るく笑っていた。笑いながら話しかけてきたが、ふいにいなくなった。その墓碑には15歳で病に倒れたと書いてあった。わたしは彼女がたしかにそこにいたのを見た」

「息ができないと言って警官に殺されたジョージ・フロイド、ひとりの死がコロナの危機と人間の危機をあぶり出す。コロナ禍は世界の抱えた問題をここでも身近なものに感じさせる。分断はあっても世界はつながっている。それはアメリカの人種差別の問題にかぎらない。わたしたちの脳に巣くう偏見というウイルスの問題だ。わたしはそこにいないかも知れないが、あなたはここにいる」

「夕闇の公園のなかで何十人もの子どもたちが楽しそうに遊んでいる。どこからか大きな声がしてみんな整列してどこかへ行ってしまった。危ないぞ。大きな声に気をつけろ。遊びを止めるな」