宇宙人がやってきた。来襲でも逆襲でもなく、かといって友好というのでもなさそうだ。その意図も不明なまま、ただただやってきた。それはかたちではないので、何か適当な容器に入らなければならなかった。ことばであったり、音であったり、そこらに転がっているちょっととしたものに、まるで憑依するようにすっと入り込み、周囲に気がつかないようにとけ込んでいった。                                                 防波堤のような島、JAPANで宇宙人が目を付けたのは、各地にある“ご当地キャラクター”のようなものである。ここに来た宇宙人は「アセファル」と呼ばれ、「宇宙人」のステレオタイプにあるような脳が発達した大きい頭のイメージとは全く違い、頭そのものをもたなかった。だからそれが、頭が異常に発達した“ご当地キャラクター”のような存在に興味をもったのは必然的なことであった。                                           この“生物”を地球で例えれば、移動可能の植物のようなものかもしれない。植物は地下の根に脳をもつ。それは脳という固まったかたちをとらないで、地下の土や微生物のネットワークとつながっているある種の状態だが、「アセファル」もそうした目に見えないネットワークと繋がった脳をもっていた。もちろんそれには視覚もない。かたちがないのだから当たり前と言えばそのとおりだが、そのせいで視覚をそなえた地球の人間はその存在にさえ気がつかない。どうしたらそのことに気がつくのか?眠っている人や視覚障害者はそれに気がつくことがあるのだが、それ以外の人はどのようにその存在に気がつくのだろうか?                                                器官としての視覚をもたないコンピューターやデバイスは、“生物”と人間の間を取りもってその存在を視覚化してわれわれに見せることが可能であることがわかった。ここにあげた画像はその媒体としての地球人用の画像にほかならない。