オレたちが零下40度もあるひとウサギの部屋に到達したのは2020年の4月のことであった(C通信11.回廊)それからあっという間に時間が過ぎ去り、すべてのひとが老いた。

ひとウサギのことば「ここは死者のこたつです。オマエらはここには入れない。なぜならばボディーを持っていないからだ。早く出て行け!」はまだ解けない。

植物だけがアンテナを張って成長し、不死の街は静まり返っている。

 思考は高速よりも早い。現実にはありえない光年のかなたに、老いた者がたどりつくことがある。加えてその者に錯誤があり、時間の遠近感も乏しければ、過去と未来の区別もつきにくく、いまさえもない。いや、時間そのものの概念がなくなるというべきか。そこにうっすらと降り積もった記憶が重なり、妄想力も重なれば、時空を超えることも容易い。老いたる人はすべて浦島太郎である。浦島太郎とは光速で旅をして、いまここに帰還したものにほかならない。

 

 

 光年のかなたに浄土があり、仏法を守るものが住むという一角に、2次元からのオリズル宇宙船がたどりつく。その場所はウサギのこたつのなかの死の山にあり、ロシアのリクビダートル(原発事故処理作業員)が入れられた鉛の棺のなかに存在する。棺のなかには強力な放射能が満ちていて外とは別の時間、別の宇宙がある。その時間はひとの時間が一秒を基本単位とすれば、10万年が基本単位となるような地の時間であり、さらにそれは100憶年を単位とする宇宙時間ともつながっている。