植物になったひと:証言C 「たしかに目はないわ。世界は波動なのよ.その振動を感じられれば問題ないの。植物体全体で感じることができるから感覚がフラットなのよ。垂直に立っているけど感覚はフラットなのよ。動物にとって目が重要なのはわかるわ。その世界は捕食の連鎖だからね。どうしても目を中心としたからだになるし、捕食のためには動かなければならない。恐竜を見てごらんなさいよ。エネルギーの使い過ぎよ。それでも1億8千万年も生きた。それはこの惑星の資源を加工しなかったからよ。ひとは加工してしまったからそんなにもたない。絶滅は近いのよ」

 

 

 

証言G 「オリンパール作戦:植物になったのはその年に行われたオリンパール作戦のせいだった。人間でいることができなくなった。オリンパール作戦はA国にずっと続く、展望のない、微笑みのない、責任のない、ことばのない作戦であった。関係者を人質に取り、危険に曝しながら前に突き進むしか能がなかった。世界組織の金まみれの体質と商業主義に依存した作戦は、はじめは、復興とか人類がウイルスに打ち勝ったあかしといったきれいごとを並べていたが、それもかなわぬと見るや、作戦の意味を完全に失い、ただ作戦をやり遂げるためにやるという方向しか示せなくなった。作戦の従事者は自分たちが何をしてどこへ向かおうとしているのかも知らず(知らされず)ただ黙々と作戦の実行にいそしんだ。科学を脇に追いやり、屈辱的な土下座外交さながら、金と商業主義の世界組織に追従して多くの人たちの失笑を買ったが、推進する大本営はそれさえも感じることなく、またなにひとつ説明することもなく、ただ呪文のように「安心、安全」をつぶやき続けた。人々は知らず知らずのうちに、この血を流さない戦争に巻き込まれていった。あれだけの惨禍から多くのことを学んだにもかかわらず、同じことを繰り返した。そうして作戦の終了時に“成功”を宣言した。その精神的荒廃を見れば明らかに敗北に匹敵したがそれを認めようとしなかった。そして実際の作戦にあたっては、「世界を見ない」ことも相変わらず変わっていなかった。ニュースは他の国のことを報道せず、自国の選手が勝ったことしか流さないから、それが世界のなかでどのくらいすごいのか、強いのかわからない。とにかく自国が勝てば、あとはどうでもよかった」