C-PAINTING Ⅵ <OKINAWA-1944> Tsushima Maru

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<OKINAWA 1944 - Tsushima Maru> detail エトルスキの墓の絵は死者に向けられている。 かつてイタリアのエトルスキの遺跡をレンタカーで回る旅をしたことがあったが、もっとも印象に残っているのがタルキニアのネクロポリにある墓のなかの壁画だった。鳥や魚の狩りの図や裸のレスリングの図、笛を吹く青年がいる若者たちの楽団の図など、エトルスキの世界のあけっぴろげで楽しそうな場面が素朴な、しかし当時の世界を彷彿とさせるリアリズムではない的…

C-PAINTING Ⅴ <Battle field of Memory>

記憶は脳の片隅、あるいは身体の一部でひっそりと隠されている。そしてさまざまな神経細胞の交錯の結果呼び起こされてそれがうっすらと形づくられる。その仕組みは偶然と錯誤に満ちているが新たなかたちを生み出す仕組みでもある。記憶に迫るときにかたちが生まれる。あるいはかたちが生まれるのはさまざまな記憶の蓄積が身体を通して発意されるときだ。 それには脳での蓄積とアクションが必要だ。

C-PAINTING Ⅳ <Girl on Fire – 7.5.3>

&lt;Girl on Fire-7.5.3&gt; 下絵(<1963年七五三>2018年) 絵画は3次元の世界を2次元に変換する。この場合の3次元とはxyz軸にある立体感を持った現実世界のありようだ。しかし現実世界は目に見える3次元の実物の世界だけではない。 絵画は実は3次元以上のことを2次元に表してきたのだ。 あらためて時間を絵に組み入れることはできないだろうかと考える。自分がいまここでやっていること以外の自分の時間、他者の時間を絵に組み入れられたら、絵…

C-PAINTING Ⅲ <Two Rockers and an Actor>

detail その状態は数年間ずっと続いたが、ドローイングだけは描いていて、そうするなかで体に変化が起こった。C通信でも書いたが、そのひとつはいつも眠る前に多くの人の顔が浮かんでくること、もうひとつは時々ではあるが目を瞑った際にそこに直線的な光が交錯して見えることだった。後者に関しては、以前、細長い三日月のような光が走ったことが何回かあったが、眼科では「そのうち慣れて気にならなくなります」と言うだけだった。 単に妄想や視覚の障害の一種としてしまうこともあり得るだろうが、自分…

C-PAINTING Ⅱ 顔の逆襲 <Attack of Faces>

&lt;Attack of Faces&gt; &lt;Attack of Faces>は、夜眠る時に目を瞑ると多くの顔が頭に浮かんでくることに端を発している。そこには知っている顔もあれば全く知らない顔もある。死者もいれば、生きている人も不明の人もあり、何が出てくるのかわからない。だから下絵は、まず私が知り得た人の顔を22人並べて描いて寝かしておき、それが何ヶ月か経ってその人らの記憶が薄れようとしていた頃、再び上描きするようにえのぐをおいていっ…

C-PAINTING Ⅰ. Who came from 1938 to the present

1938年から今にやってきた <1938年から今にやってきた Who came from 1938 to the present &gt; 下絵 その写真は古本屋の片隅の箱に入れられていた。1938年何月何日の撮影と記されているが、どうしてそれが古本屋の店頭に売り物としておかれるようになったかはわからない。そのひとが1938年からここにやってきたように思った私はそれを買い求め、絵に描いた。描いたと言ってもそこに点状のえのぐのタッチを置いていったのでその写真像は半ば消…

C通信ドローイング終了ー Painting again 絵を再びつくりだす

コロナ禍で始まったC通信ドローイングは、突然ですが今回で終了します。長らくできなかった絵がつくれるようになったのでここから絵をやります。 下絵 絵画の行方・不明 絵画のゆくえという名の展覧会が過去に何回か催されてきた。この場合の絵画とはコンテンポラリー絵画、つまり現代の絵画をさすのだろう。 絵画史に目をやれば、絵画は過去のくり返しではなく、そのときその時代の絵画がつねにつくられ、求められてきたことがわかる。そういう意味での絵画はいつもコンテンポラリーなのである。かつて生み出…

144: THE GAZE OF THE DEAD 死者のまなざし

沖縄の珊瑚の輝きの向こうに、幼くしてなくなったこどもたちのまなざしがあり、そのまなざしの向こうにはガザで殺されたこどもたちのまなざしがある。こちらを見ている。

143: DEAD 子どもたち

ウラシマタロウ 「生き残って助かった177名の人たちは、自分が無事だと沖縄の家族に手紙を書こうとしても対馬丸撃沈のことは絶対に口外しないよう、また手紙のことも近所に知らせぬよう厳しく禁じられたんじゃ。あとで知った家族が怒ることも禁じられたさあ。まったく上の奴らはどこまでバカを通すのか・・」 珊瑚 「生物の生死は宇宙の理で、生あるところに必ず死はやってくる。海の中でも生命循環があって、命が他の命を糧にして生死を繰り返すのはある。けれども人間が武器を持って殺しあうのは宇宙の理か…