C通信70. 時間と石(ウラシマの帰還) 

C通信70. 時間と石(ウラシマの帰還) 

2022年1月26日

カメよりも小さいウラシマタロウは玉手箱なぞもっていなかった。しかしその手にはひとつの石が握られていた。

ところで、われらのウラシマタロウはどこからやってきたのだろう?そしてウラシマタロウとはなにものなのだろう? 浦島太郎が“助けたカメにつれられて”竜宮城に行ったことはよく知られているが、われらのウラシマタロウは海で肺に海水が入り死んでしまったひとなのだ。海で溺れ、肺呼吸ができなくなったのである。だから津波にのまれた大川小学校の子どもたちも、「肺にガラス片が入ったようだ」と言って、苦しみながらコロナでなくなったひとも、SMクラブで女王さまに風呂に突っ込まれて息ができなくなったMさんや、水深100mまで潜る記録を立て最後は自死したジャック・マイヨールも、みんなウラシマタロウなのだ。そしてひと以前のデボン紀、100万年もの間、波打ち際で海から陸に上がる実験をくり返し続けたほ乳類の祖先たちも、またはじめのウラシマタロウだった。                        ウラシマタロウはいったいどこからやってきたのか?                               それは10万年先の死者が集う浄土からやってきた。10万年先は生者は届かないが、死者は届く。放射能の高濃度廃棄物も届くことができる。鉛の棺で密閉されたチェルノブイリ原発事故処理者の遺体もそこに届くことができる。死者は浄土とここをカメを使って行き来する。カメは甲羅のなかに時間を溜め込んでいるから、いざという時にこれをほどいてどこの時間へも行けるのだ。ウラシマタロウは海で溺れ、無数のカメの甲羅に乗って長い長い時間を旅してここへ帰って来た。もちろん玉手箱なぞもっているはずもなく、ただそのかわりに手のひらのなかにひとつの小さな石を握っていた。ウラシマ老は語る。