長沢秀之 個展「Over painting」: GALLERY MoMo 両国:2026年2月21日(土)〜3月28日(土)       

長沢秀之 個展「Over painting」: GALLERY MoMo 両国:2026年2月21日(土)〜3月28日(土)       

2026年2月2日

展覧会カタログ:詳細はギャラリーモモまで

本展「Over painting」は、絵画という行為が時間とどのように関係しうるのか、また「見ること」がいかなる身体的実践であり得るのかを問い直す試みです。長沢はこれまで一貫して、視覚を主体の能力としてではなく、世界そのものが像を結ぶ出来事として捉え直してきました。本展は、その思考と実践が「上塗り」という方法を通して再編成される場となります。

展示の起点となるのは、1938年に撮影されたと記された一枚の人物写真ですが、長沢はこの写真を参照しながら、点状のえのぐによって像を描き出すと同時に、それを覆い隠す絵画制作を行ってきました。描くことと消すことはここでは対立項ではなく、同時に起こる出来事です。像は解体されながらも完全には消去されず、画面の奥で持続します。この「残存」は、イメージの記号的な可読性ではなく、時間と記憶の物質的な痕跡として現れるのです。

一時期、長沢は制作そのものが不可能になる経験を経ました。パンデミックによってもたらされた断絶、そして絵画という表現形式への根源的な疑義は、描く行為の前提を揺るがしました。2024年に至り、長沢は未発表の過去作を再び取り出し、それらに「上塗り」を施すという選択を行います。この行為は過去作の更新や修正ではなく、異なる時間、異なる身体の感覚を同一平面上に衝突させるための操作でした。上塗りは、時間を回収するのではなく、時間を増幅させます。

本展では、2017年以降に制作された習作および既発表作が基層として用いられ、それらに新たな描画行為が重ねられた作品群が提示されます。描く/消す/覆う/再び描くという反復的なプロセスによって、絵画は完成されたイメージとしてではなく、時間が堆積する場として立ち現れます。その画面は、単一の瞬間を固定するものではなく、複数の時間が同時に作用する「断面」として読むことが可能です。

長沢の制作を貫く主題は一貫して「見ること」です。2006年の《メガミル》展で示された「私が見るのではなく、目が見る」という視点は、視覚を主体の所有物から切り離し、世界そのものの働きとして再配置する試みでした。長沢が「宇宙の網膜」と呼ぶこの感覚は、絵画を表象の結果ではなく、「見られているもの」が偶然的に定着した痕跡として捉えられます。本展の作品もまた、壁に掛けられた二次元物体であるとともに、見ることが生起した痕跡として存在しています。

本展には、1944年の対馬丸撃沈事件を主題とした作品も含まれます。長沢にとって絵画は、現実から切り離された自律的な領域ではありません。現在も続く戦争や暴力を前に、絵画はその無力さを露呈しますが、それでもなお、作家に残されているのは、自らの歴史において起こった出来事を「見る」こと、そして想起し続けることなのでしょう。対馬丸事件は、過去の出来事としてではなく、現在の倫理を問うものとして、本展の時間構造に組み込まれています。

形式的には、点による像の解体と、えのぐの物質性の前景化が本展の作品群を特徴づけます。点によって既存の像を覆い、“ゼロ次元”へと還元する操作、筆の柄による一次元的な線の介入、そして再び筆によって立ち上がるえのぐの生々しい物質感。それらは秩序だった構築というよりも、身体と時間が交錯する生成のプロセスとして画面を開くことでしょう。

「Over painting」は、絵画を完成や表象の問題としてではなく、時間・記憶・身体が衝突し続ける場として捉え直す試みです。そこでは、過去・現在・未来は直線的に配置されるのではなく、重なり合い、干渉し合いながら、まだ見ぬ記憶として立ち現れます。その生成の場を身体感覚として是非、ご体験ください。

-GALLERY MoMo-