C通信Ⅱ 「ネクロポリー島」ドローイング展(6月1日〜7月6日)

C通信

C-TRANSMISSION DRAWINGS Ⅱ ネクロポリ(Necropoli-伊)は死者の街のことです。C通信Ⅱではここから記憶島までの死者(または生者)の旅が描かれています・・・<何もない空間に道が浮かんでいて、そこがネクロポリの入り口になっていた・・・ ウサギはやがて黒いふさふさした存在に変わっていった。体の大きいほうに、小さいほうが肩車で乗っかっていた・・・>

C通信 132: 帰還したオリヅル号

3次元世界にもどってきた宇宙船オリヅル号は石の隠れなさに驚いている。石はそのどれもが粒子を露にし、地中や海底で起こったことを、千年、万年、億年の長きにわたって語っている。宇宙と繋がっているから宇宙に行く必要がない。オリヅル号の文明はその名が宇宙船であるように宇宙を対象として見なければならない。

C通信 130: アセファル宇宙人の後ろ姿

アセファルの後ろ姿を見たと言う情報がSNSに寄せられた。アセファルは見えない存在だからそのものは見えないはず。たしかに頭部がなく、にんげん人とは違っているのでその可能性は否定できない。もしかするとこの画像の情報を寄せてくれたそのひとがアセファル宇宙人なのかもしれない。

C通信 128: 目の記憶

 死の前の、最後に見たものが記憶の島には残っている。ボディーに残された世界の断片。

C通信 127: 手の記憶

暴力がまだこの手にあったころ、手には生暖かい、あまたのおぞましい記憶も刻まれた。それから時を経て、手は多くののデバイスにつながれて記憶を奪いとられ、平和という名の別の暴力のもとにある。手はなおもあらがう。千手観音の千の手は奪われた手の記憶を示している。    

C通信 126: 犬の記憶

犬の記憶のなかにひとがいる。二足歩行のひとが5歩歩くうちに4足歩行の犬は20歩は優に歩くから、なんてひとは動きが鈍いと思うだろう。犬は考えないでひたすら歩き、歩いては止まる。そうして風景を見る。記憶のなかのひとがなにか声を出している。ワンワンとこたえる。  

C通信 125: 記憶島 4

   記憶はイメージではない。億年のかなたから、海馬の片隅から囁くようにやってくる。それは死者のつぶやきだ。

C通信 124: 記憶島3

生者も死者も、記憶のなかではみんな生きている。

C通信 123: 記憶島 2

血みどろの進化のはての記憶に破壊、虐殺の記憶も層になる。 特攻機の墜落、震災の記憶、戦争の記憶が混じりあってこの死者を苦しめる。虐殺の記憶も消えない。死者はそれを自らのボディーに閉じ込め、ときおり生者にその感情を引き渡そうとするが、生者は過ぎ去ったものとして見ようとしない。だから死者は記憶の島を前のほうに浮かび上がらせようとする。