C通信28.- 肺の街 PNEUMOTROPOLIS

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2020年6月8日

万年あとの記憶 LUNG CITY

肺の街に着く。この一帯はあらゆる人工臓器をつくる街が広がっているが、この肺の街はそのなかでも最も重要なものだ。

   肺の前身はエラであった。生物が海から出て陸地で暮らすようになるには、エラと原子肺を持った生物の数百万年にも及ぶ波打ち際での試行があり、その過程で多くの生命も失われた。あるものはそうしたなかで陸地で生きることに適応し始め、あるものはまた海に帰っていった。やがて陸で生きるようになった生物はエラが退化し、そのかわりに空気中の酸素を取り込む肺の呼吸システムを確立した。それは長い時間を賭けた生命維持システムの一大改革であった。

 それからさらに時間が経ち、ヒトの肺は大気汚染や環境汚染、さらにはウイルスの感染によって幾多の危機に直面したが、さらにまた大きな変換点に達した。それは宇宙への進出である。移住する惑星のほとんどには酸素が存在せず、あるとしても氷からつくる酸素が主で、どこでも酸素は地球のように豊富にあるのではなく製造するものであった。一方2000年以降の度重なるウイルスの登場によってヒトの肺は人工臓器としてつくられ発達するようになった。なかでも2019年のCovid-19の際に多く使用されたECMOはその代替臓器のハシリとされて以後急速に発展した。宇宙では天然の酸素はないのでそれを取り込むヒトの肺は必要ない。製造した酸素をうまく取り込める人工肺のほうが惑星生活にはより適していた。海から陸地に上がった生物はエラを肺に変換し、地球から宇宙に移住したヒトは肺を人工肺に替えた。

 この肺の街では小型の人工肺がいくつもつくられて希望するひとたちに売られていた。他の心臓の街、腎臓の街、胃から腸までを含めた消化管の街、脳の街や身体のそれぞれのパーツを集めた街があり、望むヒトはそこで気に入ったものを組み合わせて装着することができた。

 しかし移住を望まないヒトも多数いて、その人たちは動物化していった。しかしヒトとなってしまったものが簡単に動物に戻れるわけではない。ここでヒントになったのがイルカの生き方だった。それはクジラを含めた水陸両棲生物の進化がもたらす生きかたの変化であり、具体的には、肺を持ちながら海水のなかで生きていくシステムであり、エコロケーションの獲得や三半規管などの変化であった。

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