絵の始まり「ターナー展」

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 今回のターナー展では“絵の始まり”を見ることができる。 「カラービギニング」といわれる一連の水彩の習作があるが、それは油彩作品をつくるための習作であって発表を意図してつくられたものではないらしい。が、この一連の作品が今回の展示の最も現代的で刺激的な部分であることは間違いない。「さあここから絵が始まりますよ」と示されているような驚きがあり、色彩の始まりのみならず、どのようにして一枚の紙から絵ができるのか、その秘密が解き明かされているようだ。  水彩のはしの部分を見るとよい。…

絵と絵の距離 ー「戦争/美術」展から

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 絵画の距離(見る時の)についてはすでに2013/3/15のブログでとりあげたが、絵と絵の距離については今回が初めてである。こんなことを考えたきっかけは神奈川県立近代美術館で開かれていた「戦争/美術」という展覧会を見たからに他ならない。(7月6日—10月14日)  この展覧会には今まであまり見たことがないいい作品が出ていた。画家靉光の紙本淡彩によるうす塗りの人物像や、墨の濃淡が二重像として見える<鷲と駝鳥>など、今まで私が思っていた画家のイメージを覆す作品も多い。丸木俊の紙…

菅亮平と河合真里の展示(トーキョーワンダーサイト)

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 久しぶりにトーキョーワンダーサイト本郷に行く。長沢クラス出身の菅亮平と河合真里が3階、2階で同時に展示している。こんなことは滅多にない。偶然そうなったらしいのだが、ふたりとも今までの作品は見ているので興味をもって見に行った。まず菅亮平の作品。  実際に作品の前に立つと作品のもつ“空間のサイズ”にめまいを感じる。それはミニチュアの克明な模型を撮った大きな写真なのだがなんか変なのだ。 自分が人間でなくなったような、ネズミや昆虫になったような、いやただの石ころになったような気も…

『心霊教室』

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  「ムサビる!」への参加は今年ですでに3回目、教室で展示するおもしろさに目覚めてしまったのかもしれない。美術館でも画廊でもなく、ましてや展示空間でもない教室での展示はそこの“場”ならではの展示と発想を必要とする。それがわたしをひきつける理由なのだろう。  その場所の名前そのままに今回は「心霊教室」。わたしの描いた心霊写真的ドローイング(心霊線画!?)に学生から募った言葉を添えてもらうことになった。ドローイングと言葉とのコラボレーションである。  その際にわたしがお願いした…

「熱波」(原題『タブー』)あるいは「現実と幻影」について

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 ポルトガルが気になる。時代から取り残されたようなリスボンの夜の街。鈍く光ったレールが暗い街角に曲線を描き、そのかなたからごとんごとんと古びたトラムが走ってくる街。夜の街の料理は魚がよい。ヨーロッパの他の国々ほどに脂っこくなく、さっぱりして新鮮である。人も親切で、この国がかつてスペインと世界の植民地を2分したとは到底考えられない。が、時折年老いた人の眼光やその顔に刻まれたしわにかつての栄光の名残が垣間見える、そんな思いを抱いてしまうところだ。   この国の映画はオリヴェイラ…

「画家の晩年の作品はなぜ狂気をはらむのか?—ティツィアーノ展」

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 たとえばカラヴァッジョなら、その絵を見て「現代」を感じることができる。絵画でありながら映像的、しかも現実感があることが400年以上の時を経ていながら、それを現代的なものにしているだと思う。 しかしティツィアーノはどう受け取ったらよいのか? ルネッサンスの巨匠、バランスのとれた完璧な絵画、それとも色彩のなんともいえない品のある深さ、などなど。しかしあまりに遠すぎ、あまりに違いすぎる。あまりに違いすぎて取りつく島がない。こういうことは西洋絵画のいわゆる巨匠といわれる画家の絵に…

絵画の距離

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 絵をつくる時の距離、これは絵を見る時の距離でもあるのですが、これに関しての論はあまり見たことがありません。山本和弘氏がわたしの絵画に関して書いた論文『無限層の絵画、あるいは豊かな絵画』がそのことに関して言及したのが2008年のこと、写真や他の分野などにとってはむしろ身近な問題なのかもしれませんが絵画に関してはあまり聞いたことがありません。しかしわたしにとっては重要な問題です。  絵に接近してかいているときに見ているものと、少し離れてみたもの、さらにもっと…

3年間かかった絵

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この絵は2009年に始めたものですが、完成までに3年間とちょっとかかってしまいました。と言ってもその間これにかかりきりというわけではなく、一年経って加筆、また少し経って加筆をして、できたのが2011年になってしまったわけです。こういうことはあまりないのですがこの作品は大きい(259x259cm)ということもあって落ち着く地点がわからなかったのです。その間絵を回転して現在の天地が逆になったこともありました。そして一年寝かせておいてようやく完成となりました。題名は「皮膜9」(m…

五美大展講演会「今、社会と美術を考える」

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 五美大展の最終日、2月24日(日)に国立新美術館3階講堂において「今、社会と美術を考える」というシンポジウムが開かれました。今年の展示の幹司校が武蔵野美術大学ということで、美術系の学科が中心となって決めたテーマです。モデレーターに田中正之教授(美術館・図書館館長)、パネラーに池田光弘、手塚愛子、中崎透、冨井大裕らの若手美術家を迎えての企画でした。  主催者側の簡単な紹介のあと田中氏がこのようなテーマを“なぜいま考えなければいけないのか”“美術に社会性はあるのか、それは社会…

エル・グレコ展

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 絵画は可動だから、その場特有の、その場でなければあり得ないということは基本的にはあり得ないのだが、グレコなどやはりその生きた土地トレドで見なければ意味がないという偏った考えをわたしは持っていた。だから日本でやっているのを見たくない、でもやっぱり見たい、という複雑な心理状態があってじっとしていたのだがやっぱり初日にのこのこ出かけてしまった。  今回の展示の特徴は、世界からグレコの小さい作品が集まっていることだろう。なるほどこれならここでやる意味がある。すこし宗教を離れて気楽…