ー25年あと(未来)の記憶ー 展覧会報告

ー25年あと(未来)の記憶ー 展覧会報告

2019年11月22日

最新情報;下記『』にお知らせした展覧会は文化庁の「文化芸術活動の継続支援事業」の補助を得て、2021年早期の再開をめざして準備中です。

『2020年の神戸 KIITO  ギャラリーCで開催予定の展覧会はコロナ禍による資金不足で中止となりました。』

以下はギャラリー掲示板へ掲示予定の<丸木美術館の展覧会に寄せられた感想>です。

展示に寄せられた感想 2020:

◯ 丸木作品が生々しい「刻印」なのに対し、貴作品からは前回以上に「記憶の揺らぎ」が狂おしい迄に伝わってきたのです。これは、まさしく現代を生きる私たちに共通する「浮遊感」そのものではないでしょうか。少なくとも私個人には、とてもリアルで「切実な現在」を感じる視覚体験でした。そして絵画に内包される「映像性」にも大きな共振を覚えました。所謂インスタレーション形式に限らず「絵画」に於ける展示空間の重要性を再認識できた一時でした。                                                     (K.K. アニメーション作家)

1)神戸の震災…神戸に知り合いがいなかったため、当時は驚愕しつつも、どこか遠い世界で起こったことのように感じていたことを思い出しました。知人には「知っている人のためではなくて、漠然と悲しむのなんて偽善だ」と言った人すら、いました。ずいぶん身勝手で想像力の乏しい、未熟な大人でしたね。むしろ四半世紀がたった今のほうが、年齢のせいか、それとも長沢さんの絵画のせいか、全くの他人が感じたこと、よみがえらせた記憶も共鳴するものがあり、もちろん記憶を共有はできないけれど、ある意味でリアルに感じます。

2)丸木美術館なので、原爆の図との対比が印象的でした。原爆の図は悲劇的な死を考えさせ、長沢さんの絵画は傷つきながらも甦る生の息吹を感じさせます。どの1枚にも温もりが宿り、不思議とその人と神戸のことが知りたくなる。そこで一枚一枚に添えられた言葉をていねいに読むと、それぞれの背景がみえてくる。そして、もう1度、目を戻すと、声まで聞こえてきそうな感じがしてくる。そんな繰り返しでした。今回は点描風のカラーの絵が上の方にあったので、以前の長沢さんの作品とのつながりも感じられました。

タイプの違うものではあるのですが、思い出したのはスティーヴ・ライヒの手法です。ミニマル・ミュージックなので、同じモチーフを繰り返すことが基本なのですが、そこにテーマとなっているできごとに関わった人のインタビューの言葉から切り出した短いフレーズを入れていく。プロテストソングのように作曲家の主張を歌詞にして表現するというのではなく、はっきりと主張も語られないけれど、第二次世界大戦で強制収容所への列車に乗ったけれども生き残った人の証言とか、暴動で捕まった黒人少年の証言、ヒンデンブルグ号を観た人の感想など、切り取られる言葉が背景をもっていることから、聴く人たちにいろいろと考えさせるという作品群です。

(M.S. 音楽評論)

◯ リサーチと絵画という他にあまりない組み合わせが斬新で、とても驚きました。そして、私のまったく知らない人たちの人生がそこに立ち上がってくるようでいながら、まさに消しゴムで消されたようにスッと遠ざかっていく感じが、記憶の在り方そのもののようで、とても感動しました。神戸の場合、自分の知っている場所が出てきたり、ましてや毎週会っているゼミ生の文章や写真だったりで、そのことで、奄美のプロジェクトと受け取る印象がここまで違うのかという驚きがありました。しかし、存在が生々しいだけに、その不在が逆に実感させられるようで、空恐ろしい気分も味わいました。このゾクッとする感じは、とても貴重な芸術体験だったと思います。

(T.H. 美術評論、大学教員)

◯ 長沢さんの展覧会を観て、描くことと向き合う時間について、改めて考えようと思いました。決して描くことで個性を押し付けて来るような作品ではなく、描くという行為を自然に自身の中に取り入れ生まれてきたような作品が、自他の境界を緩やかに溶かし、作品に熟考する時間と開放感を与えているように思いました。

誤解を恐れずにいえば、「描くこと自体が何かしらの価値を生む」のではないかという画家であるからこその問いかけ。その謙虚さと野心を感じさせる展覧会のように思いました。ぼくはそういう姿勢に共感します。                                                             (N.M. 美術家)

1)作品のなかに、震災を経験された方に限らず、震災を直接経験されていないにもかかわらずあの日に思いを寄せ、言葉を紡がれている若い方がいらっしゃることに驚きました。

2)私のもとにも、本当にいろいろな感想が届きました。神戸での開催も予定されているところが非常に重要だ、とVTRの後説明に反応した方もいました(よかった!)その中でも、私に直接感想をくださった方の多くが不思議な感じがした、見たことないVTRだったと仰っていました。「うまく説明できないけれど、長沢さんの消す作業で浮かび上がってくるものというか、引き込まれる感じはとてもよくわかった」と仰る方もいました。                (S.T. TVディレクター)

◯ 映像で写真を提供された方のお話を聞けたのがよかったです。多くの人に届きますように。                                                              (美術家)

◯ 長沢さんの「過去の出来事はそのままでは意味を持たない。呼び起こして書いたり、思い出して誰かに語ることで『記憶』としてよみがえり、今を豊かに生きることにつながってくるのだと思う」に共感しています。今回の作品もそういう視点で向き合ったときに説得力をもって伝わってきました。

わたしは、独り者になり、数年生きてきたなかで、過去の写真を繰り返し見るようになったり、床の中で過去の出来事を何度も振り返ることが多くなっていますが、記憶として、後日語られる(振り返る)ことによって初めて存在をあらわにし、本質を見せてくれるということを実感しています。そういう日々を送っているわたしは、今回の長沢の作品に出会い、「ドキリ」としました。                                  (H.K. 美術評論)

◯ おはようございます。感動しました。ドローイングの白い部分の意味がわかりました。震災に会わなかった人も想像力により思いを寄せる事が重要。

(J.S. 元美術館長)

◯ 祖父の事を知る良い機会を与えて頂いて感謝いたします。

母ともたくさん話が出来ました。昔を懐かしんで記憶をたどりつつ、話始めると次から次へと思い出されていました。その母も3月1日に亡くなりました。先生のお陰で良い時間を母と過ごすことが出来ました。                                                            (K.M. 参加者)

◯ 祖母をとても優しく描いて下さって有難たく思います。

祖母は、照れくさそうな生徒たちに囲まれて、闊達で自信に満ちた笑顔でした。

未知のひとの手を通すと、若くて美人で評判の先生で、屈託も見えないです。

この絵の彼女に、当時持っていた夢や希望を叶えてほしいと思いました。

来年父の五十回忌ですが、祖父母も一緒に法要するみたいなので、母だけでなく伯母にも見せたいと思います。                                                    (Y.N. 参加者)

◯ 送られてきた本で何人もの人の過去の記憶を残される作業が確認できました。

記憶ってあいまいなものですから鮮明な写真よりも現実味があります。

(M 参加者)

1)前回の大きな展覧会とは違って小ぶりの作品が多かったですが、消していくことで想像させる絵画は、私にはフィルターを通して霊界の人々が語りかけてくるような怖さと生々しさを感じました。毎日新聞の展覧会評でも言われているように、古い家で見る遺影の肖像画と通じるものがあると思います。対象になる人に、文章と写真を提供してもらうという方法も絵画として実験的で興味深いです。

2)冊子が届きました。蒸発して消えてしまいそうな儚さと妖しさの漂う作品群で、改めてイメージの深さを感じています。

(K.N. アニメーション制作)

◆◆ メディアの紹介記事、番組など

◯ 1月29日(水)読売新聞 夕刊

◯ 1月17日(金)埼玉テレビ ニュース

◯ 1月16日(木)午後10時のNHKジャーナル(NHKラジオ第1)

こちらからhttps://www.nhk.or.jp/radio/player/ondemand.html?p=0045_01_35905

◯ NHK「おはよう日本」1月14日(火)朝(5時台と6時半〜7時の2回)

◯ 毎日新聞 12月25日(水)夕刊 こちらからhttps://mainichi.jp/articles/20191225/dde/014/040/018000c

◯ 埼玉新聞 12月10日(火)13面「過去、未来つなぐ物語」

◆◆ 11月23日(土)展覧会初日のトーク◆◆

  当日は14時から丸木美術館の岡村幸宣学芸員とのギャラリートークがありました(終了)

◆◆ 12月8日(日)は、美術評論家の市川政憲さんをゲストに迎えてのトークがありました(終了)◆◆

テーマは「ひとの時間、地の時間」(14時から)以下はその主な内容

◯ひとの時間、地の時間について◯死者との対話、生者だけでなく◯未来の記憶◯弱い光

◯風景、1993年制作の「風景—0地」と1995「風景ーひと」(2019)

◆◆2020年1月19日(日)は、甲南大学文学部教授の服部正さんをゲストに迎えてのトークがありました(終了)◆◆

テーマは「からだと記憶」以下はその内容

◯からだと記憶◯不自由なからだと想像力◯からだがつくる◯からだの反乱◯からだのない記憶としてのデータベース

服部正:甲南大学文学部教授 兵庫県生まれ。兵庫県立美術館、横尾忠則現代美術館学芸員を経て、2019年より現職。アウトサイダー・アートやアール・ブリュット、障害者の創作活動などについての研究や展覧会企画を行っている。著書に、『アウトサイダー・アート』(光文社新書、2003年)、『アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国』(監修、国書刊行会 2017年)など。