「透明な幽霊の複合体」・波と粒子・重ね合わせ

「透明な幽霊の複合体」・波と粒子・重ね合わせ

2013年制作の「Membrane 9」を描いたときのこと  

Membrane9

宮沢賢治の「春と修羅」序にある”透明な幽霊の複合体”という一節は何を指すのか?

詩にあるようにそれは”わたくしという現象”に違いないが、目の見えない粒子やエネルギーによって「人間」という形をとって現れるもののようにも感じられる。またわたくしという現象が現れるこの世界、銀河や気象といった風景と自身が触れ合い、重なり合うことで生まれる世界のことでもあろう。どうしてこのようなフレーズが生まれてきたのか?

「春と修羅」がつくられたのは1922年、この年にニールズ·ボーアがノーベル物理学賞を獲得している。この時期は量子論の始まりの頃だが、まだ「光が波であり、かつ粒子である」という矛盾を完全に説明する「量子力学」は完成していない。しかしどうやら人間存在は、固定された物質ではなく「エネルギーの場」のようなものであり、体を構成する原子や分子が絶えず流動して揺れ動いているようだ、という科学の最先端の仮説の意味を賢治は受け取っていたのだろう。

だから「透明な幽霊」とは、目に見えない微細な粒子やエネルギーの動きが、一時的に「人間」という形をとって現れている状態を指していると考えられる。       

「わたくしといふ現象は / 假定された有機交流電燈の / ひとつの青い照明です」    

そうか、青い照明なんだ。明滅するような有機交流電燈というのもいい。この一節でも、わたくしは幽霊のように実体がないが、その重なりによって現象する不安定な存在としてとらえられている。

人間もまた粒子的な存在という大まかな量子論との出会いはそれだけでもインパクトがあるが、もちろんマクロに生きる私たちの生活に直接的には関係ない。量子論の世界はミクロの世界のことである。そうなのだがミクロの世界では粒子は特定の状態としては実在していないという仮説はやはり衝撃的だ。                      

量子論で最も興味を引かれるのは重ね合わせ(Superposition)という考えだ。これはAであると同時にBでもあるという状態で、この時干渉が起こる。私たちは重ね合わせによって生じた干渉を目にしているが重ね合わせ自体は見ることができない。この干渉性のことをコヒーレンスと言い、これが壊れるのをデコヒーレンスという。デコヒーレンスはマクロな物質に接触した時におこる、という。デコヒーレンスとは観測することによって波が粒子に変化することともいえる。こうした量子論の仮説、考えは、量子が生じてきた宇宙やその物質の成り立ちにつながり、また物質から生命が生まれることや、意識がどうしてそこに宿るのかという想像にもつながっていく。                   

比喩的に言えば、言葉の連なりが途方もない意味と感情を生むことと関係してくる。さらに比喩を進めれば、絵の具という物質が平面上で何か別のものに変容することに関係してくる。

具体的に見ていく。絵が描かれる前の脳の状態は量子論で言う重ね合わせの状態にあり、それが現実化、つまりキャンバスに絵の具という物質で絵が描かれる際にデコヒーレンスに似た状態が起こる。似た状態と言ったのは、デコヒーレンスそのものになってしまえば量子コンピューターなどの現実的な計算にとっては都合のいい状態になるが、実際の絵はまだ重ね合わせの状態を持っていて、それでいてマクロの世界の物質に接触した瞬間にあるからだ。そこから放たれる「意味」や「イメージ」は、見る者の意識と混ざり合うことで再び「重ね合わせ」の状態になる。見る者によってそれは絵になるのだ。もちろんんこれは比喩的に言っているのであって、絵を量子論で語ろうとしているのではない。でもこの論には興味を引かれた。

絵をつくった背景をこのように分析してみても、実際に絵を描くときにはそんなことを細かくは考えないものだ。もちろん絵のコンセプトの大きなものはあり、手をつける手順もはっきりとしているが、完成図を思い描くことは全くできないし、しようとも思わない。絵をつくることはもっと即物的でハードなものである。即物的というのは肉体が物質とどう対峙するのかということである。スポーツをやっている時に余計なことは考えないのと同じだが、つくっている最中にすごいスピードで脳裏をよぎり思考するものがあり、それはわからないものでもある。それを肉体に刻みつつ、肉体がキャンバスの前でパフォーマンスすることによって絵はつくられていく。それでも画家は描いているものが何なのかすぐにはわからない。

*この絵をつくったあと、最近のことだがフレッド・ホイルの「暗黒星雲」を読んだ。この本がこの絵のことを書いているようにも思った。論文でなく創作としたのも首肯。