私が企画した“ゴジラ”展もそろそろ終わりに近づいている。始まりは“ムサビる”であり、それは美術大学内での展示と違い、その外部の人を巻き込みながらの展示であった。それが発展して川越市立美術館、丸木美術館での「第五福竜丸 ゴジラ 1954⇒2014」につながった。丸木美術館はその名前にも冠してあるように丸木位里さん俊さんの原爆の図の美術館であり、私の好きなスマさんの美術館でもある。戦後の歴史をどう今受け取るのか、多くの問いを投げかける美術館であり、そこでこのような一見遊びとも思えるゴジラ展をやったことの意義は大きい。若い有能な学芸員がいてはじめてこのような企画が可能となったのだと思う。

 本当のところは若い人たちも歴史に飢えているし、美術を現実の自分たちのこととしてとらえ考えていきたいのだと思う。私としては、美術がいかに個人的なものであろうとそれは政治性を帯びるということを証明してくれた企画として感謝している。メッセージを持ったものや社会問題を扱ったものだけがそうなるわけではなく、美術は本来社会的政治的でもある。ひとりの“自由な”表現はいつもそこに絡めとられているわけで、決して自由にやれば自動的に成立するわけではない。それが成立するためには想像力が必要なのだ。副題として「想像力の復活としてのゴジラ」としたのはそういう意味もある。

  そして今回の個展。展覧会名は「絵画のなかのあらゆる人物は亡霊である」。私は現在ふたつの亡霊と親しい。ひとつは周りで亡くなった人や写真で見る過去に生きた人の亡霊。これは私の日常に絶えず入ったり出て行ったりしているが、ひとつには私自身が年をとり亡霊に近づき、あちらの世界に近づいていることがあるのだろう。ひょっとすると半分くらい亡霊になってしまったのかもしれない。その分妄想や誤読が多く、うまくいけば想像力でどこへでもフラフラと行けるようになったのかもしれないが、亡霊を呼び出すことができるようにもなったことも確かである。それが絵を描くこととまったくかぶってしまうのが、私の現在の特徴とも言える。心霊写真以上に絵は心霊的である。DSC_0045

  もうひとつの親しい亡霊は少々厄介な存在である絵画の亡霊。これはしばしば絵を描く人をスポイルするかもしれない手強さをもちながらも離れることができない相手である。絵画史や美術史の亡霊とも言えるが、これを延長していくとモダニズムやフォーマリズムといったゴーストバスターにいってしまうのでそれをもっともっと先述の亡霊側に引き戻すのが今回の試みであった。そのためにティッツィアーノの連作「タルキニオとルクレツィア」を借りながらふたつの亡霊の“入れ替わり立ち替わり”を描いてみた。

このふたつの亡霊と仲良くなったことが今回の展示に繋がった。絵画の原点を“そこに亡霊を呼び戻すこと”、と見た。

そういえば『ゴジラ』もまた亡霊である。亡霊はわたしにとってとても近くて親しい存在、深く深く感謝しています。