
エトルスキの墓の絵は死者に向けられている。
かつてイタリアのエトルスキの遺跡をレンタカーで回る旅をしたことがあったが、もっとも印象に残っているのがタルキニアのネクロポリにある墓のなかの壁画だった。鳥や魚の狩りの図や裸のレスリングの図、笛を吹く青年がいる若者たちの楽団の図など、エトルスキの世界のあけっぴろげで楽しそうな場面が素朴な、しかし当時の世界を彷彿とさせるリアリズムではない的確な画法で描かれているのに大きく動かされた。なかにはポルノまがいの部屋もあり、セックスしているところの絵まであった。それらはすべて、死者に向けられている。
ネクロポリとは死者の町のことで、のどかな草地に墓ばかりが点在するが、ここはたしかに死者が生きていたと感じさせる場所でもある
そうした死者に向けて絵がつくられている。絵の原点は死者に向けられたものなのだ。生者はその本来見られないものを見る、というのが絵を見ることの始まりなのではないか。
死者は見えないところで生きている。生者もまた未来の死者である。だから絵を見ることは生者が未来の死者としてそれを楽しむことにほかならない。絵は生の世界と冥界を結びつける一枚の鏡である。