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「大きいゴジラ、小さいゴジラ」展 会場風景

 

 2012年8月の「大きいゴジラ、小さいゴジラ」展の時はみんながうなされるようにゴジラを描きまくった。それは震災からまだ間もないということもありある種の共感意識が芽生えたせいかも知れない。

 それから一年半、震災からは3年となる今回の展示はちょうどゴジラ誕生から数えて60年になる節目の年でもある。そんなことを知らずに2008年に描いたゴジラの絵がきっかけとなりここまで多くの人が参加する展示になったことに正直、驚いている。

 

 ここで展示に至った経緯を簡単に述べておきたい。

 この展示は、ゴジラそのものの展示ではなくそれにまつわる想像力に主眼をおいたものである。ゴジラの映画史でも怪獣の歴史でもなく、美術の問題としてこれをとらえるというのが第一の問題としてあった。次の問題は先にも触れたように震災から一定程度の時間が経っていること、それによって果たして共感してくれる人がどのくらいいるのかということがあった。

 

「見えないものをどう想像するのか?」

「なぜものをつくったり、かいたりするのか?」

「つくったものが現実と地続きになるにはどうしたらよいか?」

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 これらがその問題に対して今回考えたことで、3つはそれぞれ密接につながっている。しかし最初に話した学生たちの反応は“美術館で展示ができる”に変わってしまい収拾がつかなくなる畏れがあった。ましてや美大生は想像力たくましく何でもつくってしまうところがある。そこでこの展示は自由制作展でもなくワークショップ展でもなく公募の展覧会でもないことを伝えた。その時点で約半数の人がやめ、逆にそれと同数の人が新たに加わった。もとよりこの展示は私ひとりでは内容的にも数的にも成立しない。みんなの手を借りる必要があったのは言うまでもない。

 私はコンセプトを呈示し、原画を描き、それぞれの作品の制作過程を逐一チェックして進むことにした。例えばフィギュアは彫刻の辻くんと酒井くんに原型を任せたが、彼らののみこみはとても早く、何回かのやり取りでこちらの要求する形ができていった。これを着ぐるみ、家、ぬいぐるみ、絵、写真などほとんどすべての制作で繰り返していった。

 アニメの制作に当たっては13年の夏に佐賀県高校美術連盟からの要請で行ったワークショプの際の高校生のひとりがつくったキャラをもとにして、原画の流れと表情を私が描き、それをもとに金崎くんが動くアニメをつくっていった。またこの過程でアニメ作家の西本企良さんが学生グループとともにこの企画に参加したいと申し出てくれた。このようにひとつの作品には多くの人の協力があって実現したことをここに記しておきたい。

 それにしてもなぜこのようにつくることに夢中になるのか?これはずっと前からもっていた疑問であるが未だにわからないところがある。他人の指示通りに動いてもつまらないし、引き受けた人たちは制限がありながらも何らかの自らの思いをぶつけているはずなのだ。それがころがりころがってあらぬところに行き、突然目の前が開けてきてしまう!そんな体験をきっとしたに違いないと想像している。

 

 美術館での一般を対象としたワークショップや川越市立川越第一小学校での総勢270人もの児童を対象にしたワークショップも楽しいものであった(2年生、3年生、6年生各90人)。

 いつもながらこどもたちはみな天才だと思う。関係者への感謝とともにそのこどもたちすべてに“ありがとう”と言いたい。その中の作品の幾つかは「年譜」コーナーで使わせていただいた。ゴジラ誕生の1954年から2014年の現在までを振り返り、その中にそうした作品を挿入することで単なる年譜でないもの、過去と今とこどもたちの未来をつなげる年譜にしようと意図した。

 この展示がゴジラの単なるヴァリエーションにならないようにすることも大きな課題であった。「小さいゴジラ」をどう扱うかがポイントであったような気がする。さまざまな意味を持ち、自分たちの似姿でもある「小さいゴジラ」は仮想のものであり現実のものでもあるといった両義性をもつ。それを粘り強く体現してくれた制作の実行者=学生たちに深く感謝したい。

 そしてデザイン、撮影、記録等は前回同様、鈴木さんにお願いした。深い問題を抱えながらも明るく楽しいもの、を目指してもらった。これらの仕事がほとんどヴォランティアで成立してしまったことを最後に書いておかなければならない。材料費以外は無償、多くの人のつくる行為によってこの展覧会が可能となった。(展示は3月30日まで)

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「小さいゴジラの見た世界」