月にウサギがいる、という伝説は探査船が着陸する今となってはあまい夢物語でしかない。月のでこぼこは宇宙からの隕石衝突の痕であり、そこが死の世界であることをかたちで示している。もしもそこにウサギがいたら、降り注ぐ隕石の嵐のなかを逃げ惑ったであろうし、そもそもそれは生物の誕生以前の話であり、いきなりウサギがそこにいるはずもない。
それでもウサギは存在する。死の世界ゆえにウサギは存在する。月にウサギの影があるのだからウサギは現実に存在するのだ。
宇宙のはるかかなたには超新星の爆発があり、さまざまな元素が宇宙にまき散らされ、やがては星間ガスが集まり次の星が生まれる。45億年も前、原始太陽系では天体の衝突が絶えなかったが、月もまた火星の大きさの天体が地球に衝突して生まれた。しかもこの天体は大気がないために、その後も他の天体の衝突をまともに受けてきた。月のでこぼこははるか昔のその様子を今に残している。
死の世界に住まうウサギからすると地球という惑星の自己破壊ぶりは凄まじく奇妙に見える。生命体どうしが殺しあいをし、死んでいく。大地に爆弾ででこぼこをつくっていく。これは月のでこぼこと似て非なるもので宇宙にはあり得ない。

