写真は一種のタイムマシンだ。私は一枚の写真に乗って過去の一瞬に立ち会う。そのときその一瞬をそこで見ているような気持ちになる。写真だけではその時間にとどまることはできないが、光景をドローイングとしてなぞることによってそれは私の時間となる。

 光景のなかの人、その人の目とちょっとした表情、何気ない手の開きぐあいや体のひねり、髪の毛の反射光や奇妙な鼻や口のかたち、そこにあるもの、それらを鉛筆で描くことによって、逆に私はそれらから眼差される。

 過去の誰かが、その未来にいる私を見て、現在の私もその人を見る。その時その誰かは私だけでなく、その未来のすべての人に眼差しを向けている。だから私がその人を見て、そこから眼差しをかえされるということは過去からだけではなく未来からも眼差される、ということになる。

 

 

 20世紀は映像の世紀であったが、紙媒体を使った写真プリントが大量に普及した世紀でもある。私の子供時代にはおおよその家にカメラが行きわたり、アルバムには親の時代の白黒写真とともに自分を撮った写真が貼られていった。やがてそれはカラーとなり、あっという間にフィルムの時代が終わり、デジタルカメラの時代となった。その間、大量に産み出された写真プリントはどこにいったのか?

 その多くは廃棄されていく。やむを得ない事情や遺品整理などによってそれらはゴミとして捨てられているのだ。その一方被災地で海水や水、ドロをかぶった写真が洗浄などの手段で救い出され、もとの持ち主にもどっていく。写真洗浄のボランティア団体は今もなお活動を続けているが、そこでの写真の集積は膨大である。

 写真という記憶の集積が、プリントとして一方で廃棄され他方で回収される。

 

 

 写真プリント=紙媒体は確実に消えていくだろう。ここにはまだしも記憶が実体的なものとして残っている。第二次世界大戦、広島の原爆、阪神大震災、東日本大地震と福島原発。私たちの時代の大きな出来事の記憶は映像や写真とともに実体的なものとして私たちのなかにある。文明史的にいうならば、そのような大きな時代の災害とともに写真プリントがあったというべきなのかもしれない。

 

 

 デジタル時代にあっては、記憶は写真プリントのような実体的なものではなく、記憶は数値としてとしてパソコンの中に収まるのだろう。来るべき未来には被災する写真プリントはないだろうし、廃棄される写真プリントもなくなるはずだ。メモリースティックやハードディスクに貯められた記憶は一体どうなるのだろうか?それは外付けの脳としていつも手元にあり、いつでも目の前にたぐり寄せることができることはできる。そこでは私たち自身が記憶を記憶する装置の中にいて、記憶の一部となるに違いない。“私”はもういない。

 

 

 写真ドローイングは記憶を記憶し、今までとはちょっと変わった記憶の回路を構築する。その写真、たとえば神戸の誰かが映っているもの、震災で倒れ掛かった高速道路が映っているものも、それをドローイングとしてなぞることによってもっと大きなこの地球という星の、人類に起こったものと見ることができないか?記憶を記憶する装置とは私たちにとって外部の目ではあるが、そこから見ることによって、今ここで起こっていることを異者の目で見ることはできないだろうか?

 すべての写真は過去のものであるが、そこからできるドローイングは過去の時制にとどまらない。およそ過去の郷愁ほどつまらないものはない。ここでは記憶も過去のものだけではなく未来のものなのだから。

 

 

 私は光の現象を学び直そうとしている。

 

 

(各ドローイングのもとになった写真については展示情報に一部が掲載。実際の展示では約30名のの提供者の文章がドローイングと一緒に展示される予定ー原爆の図 丸木美術館ー)