卒業式の教員祝辞を述べることになりました。ちょうど5年前の今日、卒業式が中止になり、油絵学科の挨拶をしたのが私でした。それがまた別のかたちで巡ってきたのもなにかの因縁でしょう。以下にその全文を載せます。

 

 卒業、修了おめでとうございます。油絵学科の長沢秀之です。

この時期になるといつも5年前の震災、福島原発事故のことを思い出します。

  あのときは卒業式が中止になって各科が独自に「卒業生を送り出す会」(実際は学位授与式という名前)のようなものを実施したのですね。油絵学科もFALの前でそれをやりました。

 ちょうどぼくが主任教授のときで、これは大変なことになった、でもこういうときだからこそ言えることもあるだろうと長い祝辞を述べました。とにかくみんなになにか話しかけたかったのですね。こう言いました。

 今回の震災と想像力とはつながっている、人間が抱えている弱さとか矛盾があるところにこそ想像力が生まれ、見えない壁を突破するのだ。そういうことを言ったと記憶しています。そうしてその会は終わったのですが、何人かが涙ぐんで寄ってきていろんなことを話したのを覚えています。みんな話したかったのだと思います。

 そのあとの4月からの授業が大変でした。多くの学生が作品をつくれなくなってしまいました。こんな状況になかで絵を描いていていいのだろうか?とか、なんで私はいまこういうものをつくっているのだろう?といった疑問が次々に起ってきたからです。それは私たちも同じでした。先生たちも美術家として絵をつくれなかったのです。作品をつくれなかった。そういうことがおきました。

 そんななかで被災地にスポーツ選手が行ったとか、歌手が励ましに行った、お相撲さんが行った、という話が連日ニュースで流されました。

 美術のほうでも現地にワークショップをしに作家が行ったという話がありましたが、人はほとんど集まらなかったそうです。

 ぼくはこのことを学生に話しながら「アートはこういうときに無力だ。でも積極的にアートは無力でもある。」と言いました。何日か経って、ある学生がそれに反論してきました。「先生、アートは無力ではないと思います。すぐに役に立ったり、効き目はないかもしれませんが、何らかの形でそれは意味があり無力ではないと思います。」と言いました。ぼくもその意味では賛成です。ただこれはアートの本質にも関わることなのです。

 話は飛びますが、この一月に、卒業生で美術家として活躍している佐藤万絵子さんが墨田区にあるアサヒ・アートスクエアで個展をやりました。「机の下でラブレター(ポストを焦がれて)」という題名で、大きな空間を紙とそこに描かれたドローイングで埋めつくしました。詳しいことはなかなか説明しづらい作品ですから興味ある人は彼女のサイトを見てください。ぼくがここで言おうとしているのはその会場においてあったパンフレットの彼女のことばです。もちろん作品と関連したことばです。そこにはこう書かれてありました。

 『他者に伝わるということを前提にしなければ、表現は、もっと自由になる。

しかし、その自由と同時に、他者との疎通を断絶する責任も、一人で背負うこと。 これが、今の私が辿り着いたばかりの、逃げ出したい真実です。』

  彼女の長い文章のほんの一部分ですが、とてもいいことばです。作品をつくっている人でなければ出ないことばです。作品ともマッチしていたので、早速感想を書いてメールしました。そうしたら彼女からまたこういう内容の返事が届きました。ちょっと手前味噌の話になりますが、彼女が3年生の時に、私が授業のなかで

「絵を描くということは、本当に無力なことなんだ。だけど、『(世の中で)無力だ』ということは、本当に大事なことなんだ。」

と熱っぽく言ったらしいのです。

 そしてその言葉がずっと彼女の心の中にあり、考え続けてきた。今回のことばは彼女がいまの時点でたどり着いたひとつの地点のことばだと、そういうことが書いてありました。

  ぼくは忘れていたのに、彼女はひとつの言葉を覚えていてくれた。美術大学とはそういうところ、そういう時間を必要とするところなのでしょう。

  そしてアート。アートはそんなに意味が伝わるものでもないし、意味がいつも明快なことばにになっているものでもない。時にナンセンスでばかばかしくもある。それを意味でがんじがらめにしてはもうアートとは言えないでしょう。

 それは無力ではあるけれど積極的に無力でもある。そしてつくる人はその責任を負う。それは多分、程度の差はあれ、ここにいる皆さんがものをつくっているときに感じたことでもあると思います。無力というのは、人間の抱えている弱さといつも、ともにあるということです。ものをつくるひとはそのことをいつも抱えているのです。

 人間は弱くていい。皆さんがそこからいいものをつくリ、新しい世界を切り開いていくことを心から願っています。